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月別アーカイブ: 2月 2012

「マチコのかたち」本編

これも30分の短編です。もう10年も昔の作品です。

(物語)ある晩、偶然立ち寄ったレストランで、マチコは不倫相手を待ち続けていた。そこでマチコは、自分と全く同じドレスを着たマダム白金と知り合う。誤解からかお互いの感情をぶつけ合った二人は、不思議な信頼関係を築き始める。不倫の恋に悩むマチコに、マダムは“女のかたち”を変える魔法をかけると言うのだが・・・

「マチコのかたち」30分 DV

(雑記)DVカメラしかない時代だったけど、それでも頑張った。ずっとアートフィルム系実験映画ばかりだったので、娯楽の要素をどこまでヤレるのか挑戦してみたくて作りました。舞台劇のようなシナリオ書きました。撮影は2日間。ほとんど徹夜。今はなきシネマ下北沢で2週間レイトショー公開。打ち上げの時に「自分には、この作品には満足できる要素がない。」と言い放ち、あとで制作部に怒られる。でもやっぱり好きになれない。自分のフィールドじゃない感じ。だから上映にも消極的。映画祭にもほとんど行かなかった。井川くんには迷惑をかけました。リベンジしたくて同じ役者&スタッフで、「SPICA」を作った次第です。

監督 白川幸司
撮影 井川広太郎(「東京失格」監督)
音楽 小松清人(WaTプロデューサー、柴咲コウ「かたちあるもの」)
出演 鈴木薫、エミ・エレオノーラ 

2004.01 バンコク国際映画祭正式招待 (タイ)
2004.03 SKIPシティ国際Dシネマフェスティバル 正式上映(川口)
2004.06 イメージフォーラムフェスティバル2004正式招待 (福岡)
2004.06 シネマアートン下北沢 レイトショー 6/19~7/2
2004.09 JuMF2004 eMotion Film Festival Conpetition グランプリ(韓国)
2004.09 第23回バンクーバー国際映画祭 正式招待(カナダ)
2005.07 第14回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭 正式上映

(感想)やっぱり、エミさんの存在感、ミュージカルシーンが際立っている。ドキドキしながら、役と歌の依頼をしたのを覚えてる。エミさんからは、いい刺激をたくさん貰った。三上さん&エミさんVer.舞台「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」からも「教室」は大きな影響を受けている。ヲカマの生き様には「聖なるもの」と「俗なるもの」が混在している。それは、まるで自分そのもの。自分自身のそういった面に目を向ける機会になったと思う。

タイの短編映画祭の審査員で、バンコクに行った時に、アピチャッポン(ジョー)と最新作を観せ合う感じになった。向こうもヲカマミュージカル「アイアンプッシーの冒険」を作っていたので、すごく連帯感を感じた。映画祭内で対談することにもなり、お互いに、自作の方向性を転換しようとしているんだなと思った。

 
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投稿者: : 2012年2月16日 投稿先 雑談

 

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「SPICA」本編

前作「SPICA」を公開しますので、ご覧くださいませ。30分の短編です。


「SPICA」30分 HDV

オーバーハウゼン国際短編映画祭インターナショナルコンペ部門ノミネート
http://openart.de-blog.jp/openart/2006/05/post_e15f.html

作品サイトは http://film.m78.com/spica/

概要:9歳までしか生きられないと宣告されたわが子を助けたい父と母。その誕生日を迎え、それぞれの戦いの長い一日を描く。セリフをどんどん削除して、詩のような構成をする。何層ものレイヤー構造の要素が、ラストの瞬間に「ひとつの光」SPICAになるのを体感していただければ。

監督 白川幸司
撮影 井川広太郎(「東京失格」監督)
音楽 小松清人(WaTプロデューサー、柴咲コウ「かたちあるもの」)
出演 鈴木薫、福島拓哉、宮谷恵多、エミ・エレオノーラ

2006.05  第59回カンヌ国際映画祭ショートフィルムコーナー/openArtセレクション出展(フランス)
2006.05 第52回オーバーハウゼン国際短編映画祭インターナショナル・コンペティション部門選出(ドイツ)
2006.05 イメージフォーラムフェスティバル2006正式招待

(雑談)クランクイン1週間前に、ソニーのFX-1発売。ハイビジョンが撮れる!っていう喜び。でも1台しか買えなくて、撮影もじっくりとになりました。かなり多くの方々に手伝って頂きました。映画冒頭の公園襲撃シーンもあっけなく編集しちゃったので、「なんじゃ、私が映ってないじゃないのよ」と怒る方も多いかも。なんていうか、映画ってこう撮らなきゃいけないって思い込んでたんだけど、いろいろあって、自分の考え方も変えました。役者に対する愛し方も分かった気がします。また「自分の映画なんだから、もっとわがままに好きな作品にする!!」って本当に思いました。(十分に昔からわがままだと言われそうですが。)

メイキングはhttp://film.m78.com/mt/archives/cat_070oeaaaoue.html
(こんなふうに作っていくんだなって分かると思います。撮影終了後、QT7とimovieが初リリース。ようやく編集できて、その後、FCPへ引継ぎとか、もう何もかもがそれまで存在しなかった時期。機材も編集環境も無い時期によく頑張ったと思います。最近は、どんどん機材は充実しています。映画を目指す方には、本当ならば、いい時代です。)

主演のコウ役の宮谷恵多くんは「ファインディングニモ」のニモ役です。よーく声を聴くと分かるかと。

 
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投稿者: : 2012年2月15日 投稿先 雑談

 

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ルックの重要性

現在、撮影機材をテスト中だ。XF100やら5Dmk2やらiPhoneやらでテストしている。

youtubeとかvimeoのテスト映像を見ても、実際に運用となると、違ってくることの方が多い。自分で実際にテストを重ねる必要がある。まあ、最近の自主映画見ると、誰もがすぐに5Dmk2やらGH2に走っているが、本当に自分の作品のルックを考え抜いているか疑問だ。被写界深度や、シャープ具合、もしくは、16ビット色深度での後加工具合も考えて、決定しなければならない。それに、ルックを選ぶということは、機材を選ぶということ、つまりは、現場でのスタッフ規模も決定するということである。音もそうだ。コンデンサーマイクでいいのかどうか?ワイヤレス?全部を左右するのが、その大元になるのが、ルックの決定だ。

ルックを決めるときに「かっこよさ」「フィルムっぽさ」などの見た目で決めても問題がある。一番重要なのは、映画のテーマだ。そのテーマを描くのにふさわしいルックを追求する必要がある。

一時、デジ一眼ムービーにも挑戦したくてウズウズしていた。REDROCKも買いあさったし、フィールドモニターもいくつか購入した。レンズも35mm 50mm 85mm購入して、いろんなテストを重ねた。が、最近になって、映画の絵の完成度を高めすぎる危険も感じてきた。被写界深度で、詩的な世界を構築できるし、テーマにも合っているかと思ったが、それでは、観客に迎合しすぎている視点ではないか。もっと、登場人物たちを突き放す「神様視点」でもいいのではないか。イ・チャンドン作品は、どのシーンも素っ気ない。まるでなんにもいじっていない安物ビデオカメラのようだ。アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督は、もう少し、絵を作りこんでいるが、撮影スタイルはドキュメンタリー的である。(イニャリトゥ監督は、同じシーンを40回くらい撮るそうだ。)「ひかりのまち」のマイケル・ウィンターボトム監督は、同じくドキュメンタリー的撮影スタイルだが、絵の作り込みには無頓着で、16ミリフィルムの味をルックにしているだけの気がする。

そんな事を考えながら、現在は、XF100での撮影時のプロファイル作りと、AEでの色加工の調節を、試行錯誤している。被写界深度の味を捨て、広角世界になりすぎるけど、そのビデオっぽいリアルさに、自分なりの味を加工できないかと考えている。

スタッフ編成の前に、スタッフ規模を決めたいので、もうひと踏ん張りってところにある。

(ただのガジェット好きって感じもするんだけどね。。。。汗)

 
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投稿者: : 2012年2月13日 投稿先 進行

 

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シナリオを読まれる前に必聴

「教室」は四季を通して、あるカルチャースクールの一年を描きます。ゲイの先生や生徒らの「詩を作る」視点を持って過ごした一年間のドラマです。

春 夏 秋 冬 春2回目 合唱曲 の構成で、この曲は春2回目に挿入される曲オンブラマイフです。

映画の内容は、性欲満々で下品満載。その対極でオペラを配置して、二面性を表現します。まあ、ブラックスワンとホワイトスワンみたいなモノですね。セックスのなかった子供時代とセックス中毒の大人時代を表現したいと思います。

シナリオを読まれる前にお聴きください。

(収録裏話)今回は、映画音楽にオペラや合唱曲を使うことにしたので、かなりハードルが高くなった。まず、マイクをどうするかをネットで調べまくり。3万円以下で購入できて、性能の良いマイクはないか。やっぱりRODEだよね。ということでNT2-Aをサウンドハウスさんでポチッと。ピアノはどうしよう。また、かなりネットで探す。2万円以下がいいなと思っていると、伝説(笑)のピアノ、イタリアングランドピアノ音源の評価が高い。派手な色っぽさも無く、自然で今回の映画のテーマにもぴったりと輸入する。ウチに使われていなかったロジックスタジオが眠っていたので、なんとかロジック使いを探す。ノートにメモリも挿して音飛びがしないようにもした。当日は、反響音を消すためについたてに毛布を垂らしたり、マットレスで固いドアを覆ったり、冷蔵庫や熱帯魚の水槽も電源を落とした。ハラハラ。。。蛍光灯も全部消して、白熱球に変えた。宅録の環境ってシビアで大変。音大から、優秀なピアニストと歌い手を探して、収録開始。音楽が完成していく瞬間って、本当にトレビアーン。恍惚となる。まずは1曲完成。

映画作りって、いろんな分野の芸術を網羅しなければならない。音楽もそう。もともと、マイケルナイマン好きってこともあるけど、こういう声楽は、ほんと映画の骨組みを太くしてくれる。

 
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投稿者: : 2012年2月10日 投稿先 進行, 音楽

 

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何故、6年もシナリオを書けなかったか?

SPICAは2005年に撮影して2006年完成した30分の短編である。短篇集「LOST FLOWERS」が予算がないので、とりあえずその中から1篇選んで映画化した。それから6年間、映画から離れていた。

「SPICA」は、人間への愛を謳いつつも、真逆に見下してもいる。自分の心臓病の子どもを助ける為に、同じ心臓病の子供たちを殺していく母親の話だ。ドナー移植の順番を繰り上げるという確実な方法を母は選んでしまった。もともとは、犬猫をかわいいといいながら、毎日処分されている犬猫のことを見ないようにして、ご飯を食べている私たちの奇妙な性質(自分の範囲の中でしか愛さない)をテーマに出来ないかと思ったからだ。

子供を愛する行動なのに、観客は、その行動を嫌悪するだろう。自分の子どもではないのだから。

上映すると、海外では、「サイコな母親」とだけしか見ない白人さんが多かった気がする。インド系やアジア系は、少しは叙情的な何かを感じてくれたみたいだった。

当時、自分は非常にとんがっていた。作家性を追求し、死への恐れも大きかった。全てに批判的で孤独だった。次から次へと創作のエネルギーが湧き上がり、自分の人生は作品を残すのには短すぎるとさえ思っていた。

が、しかしである。あろうことか、現在は、すごく愛にあふれた生活を送っている。会社を立ち上げ、金銭的にも余裕ができた。外から見たら、映画を捨てて快楽に逃亡したと思われるかもしれない。しかし、創作への意欲は失われてはいなかった。ただ、批判精神から出発していたのを、どう切り替えていいのか分からなかった。

そうこうしているうちに、映画祭では同じスタートラインに居た友人のアピチャッポン(ジョー)が、カンヌでパルムドール受賞して、世界的な文化人になっていった。彼は、批判精神でも愛でもなく、アート志向が映画のスタートラインだった。自由なトリック的発想で創作が出来る。彼との比較を通して、では自分には何があるのかをここ数年考えていた。自分が作るべき映画はなにか。で、ようやく結論が出て、シナリオを書き上げたのである。

出来上がったシナリオは、ゲイを直球で扱ったものだが、内容は、これまでの私のテーマそのものだ。芸術論と性と生をメインにしていて、結局は全ての過去作品に一貫して流れている私の血だったと思う。

 
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投稿者: : 2012年2月10日 投稿先 雑談

 

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