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「眠る右手を」予告編

20 6月

「眠る右手を」の予告編です。

愛知芸術文化センターの出資した300万円と自己資金で作り上げました。当時は選択肢としてハイビジョンは存在して無く、DVしかない状況。DVでしたが、香港国際映画祭ほかあちこちで上映いただきました。しかも3時間28分という上映時間、休憩5分含みます。

千葉の館山で役者とスタッフが半年合宿して撮影をするという狂った体制でした。

http://film.m78.com/migi/

なぜだかまだサイトが残っています。(プロバイダー契約は終わっているので、いつ消されてもおかしくないのですが。)サイトを見ると当時の気持ちが蘇ります。

(物語)

画家のシンが突然不治の病に冒され右手が動かなくなり、この長編物語は幕を切って落とす。妻のケイはカウンセラーを仕事に持つが、感情というものを失っている。一人息子のコウは人の心が読める為、自ら心を閉ざし「言葉」を使わなくなっていた。そんな家族であったが、シンは病の為、次々と体の一部を失っていき、その姿は家族の関係性をも変化させていく。激情が蘇るケイ。自らの体に画鋲を刺していくコウ。破綻していく家族の元に、オカマの介護人ソラがやって来る。脳天気なソラより再び関係性を変化させられた家族が、その辿るべき道を模索している中で、周囲の人間達の嫉妬や駆け引き、裏切りから次々と悲劇や惨劇が襲いかかる。物語から脱落する人間を見送りながら、画家のシンは家族の絵を描き上げようとしていたが、そんな家族を見下ろす存在にコウだけが気付こうとしていた…。

(狙い)

それぞれの欲望や策略が渦巻く群像劇だが、負けた人々は、一人消え、二人消えしていく。最後に取り残されたかのように見える家族が、何を見つけるのか、というのが狙い。人間の表(カラダ)と裏(ココロ)の関係がめまぐるしく変わることで、価値が漂白されていきます。体を失いながら心を取り戻す主人公とその逆で最後は心が消える妻、この夫婦や、駆け引きをする人々のココロを読むだけだった自傷癖の子供の最後のアクションに、救済の光を感じてくれないかと願いました。骨太な文芸作品の趣です。

今にして思えば、自分自身のダークパワーの集大成。これ以降は、純粋培養方法へ切り替わっているので、明らかに分岐点と言える作品です。

 
2件のコメント

投稿者: : 2012年6月20日 投稿先 過去作

 

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「眠る右手を」予告編」への2件のフィードバック

  1. Tetsuki Ijichi

    2012年6月23日 at 01:27

    この作品は私の好きな映画の1本です。形容しがたい内容と永遠に続くとも思われる映画的時間に魅了されました。その監督、白川さんが戻って来たことを心より楽しみにしています。

     
    • shirakawakoji

      2012年6月23日 at 03:02

      いつぞやは、ご連絡いただきまして、有難うございました。

      映画を作るという世界は、とても苦しい世界ですが、なんとか生きていければと思っています。

       

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