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花が散る

25 6月

「教室」脚本のダウンロード公開中。
https://poetryfilm.wordpress.com/kyakuhon/(ダウンロードページ)

私の母は、美しいものが好きで、お金のある家ではありませんでしたが、よく花瓶に花を活けていました。書道や日本舞踊も好きで、師範免許も持っているほどです。いつも理知的で、私にとても影響を与えました。私は、2月に帰省しようとしていたのですが、顔の半分が動かなくなり、入院をしなければなりませんでした。その期間に、母が片足が腫れる病気になり、母も強制入院しました。足は2倍にも膨れたそうです。ようやく、私は、4月に帰省したのですが、もう母の姿はありませんでした。

母は、変わってしまいました。おばあさんの顔になり、行動もおかしいのです。父が掃除機をかけると、家の中を逃げ惑いました。掃除機の音が怖いと言い、わざと私を苦しめるために掃除をするのだと、家の中を走り、おおげさに体を丸くして震えていました。私は母に言いました。「掃除機におびえて、そんな行動をするのは変だと思わない?掃除しなきゃいけない時は、ベランダに逃げるとかして、掃除をしやすくさせなきゃね。」と。

母は、入院の時の話もします。お医者さん達は、私を実験台のように、問答無用で手術したのだと言うのです。そんな時は「問答無用に、すぐに手術してくれて良かったね。静脈瘤は時間との勝負だから、まな板の鯉にしてくれて良かったよ。感謝しないとね。」と答えます。価値観をさりげなく転換させようと私も必死でした。

母の足の静脈瘤の血栓が脳に到達しているのではないかとさえ思いました。人格の変貌は、とてもキツイ状態です。自衛隊あがりで家庭を顧みなかった父親は、しずかに母の面倒を見ています。一緒にオフロに入ったり、一緒の布団で寝たりしています。私には、父親の愛情を感じることがなかったので、この父親の行動には、とても感激しました。その父も、人工透析に通うようになり、両親らは、「もうすぐ居なくなること」を子供たちに伝えます。私の一家は、精神疾患の家族です。兄弟はすべて精神を病んでいます。私自身は、家族を捨て東京に逃げ、映画製作に没頭しましたが、最近は、とてもウツが辛い状態です。精神病をなんとかモノ作ることに、差し替えてきましたが、かなり追いつめられています。

「教室」の脚本自体が、私そのものののようです。花が散るのは仕方のないことですが、私の花は「教室」をきちんと映画にすることだと思っています。私にしか見えていない花も、きちんとした解釈で映像にしたいのです。

ここまで、映画に生かされ、映画に殺されるとは思いませんでしたが、私は、映画を作ることに逃げ込んだのですから、映画で落とし前をつけようとするのは自然の流れです。

 
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投稿者: : 2012年6月25日 投稿先 雑談

 

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