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月別アーカイブ: 10月 2012

新脚本と表現者の融合を!

今日は、脚本の書きなおしが、だいぶ進んだ。見事に再構築できていると思う。登場人物がかなり減ったし、展開も余白を残し、書きなおした。つまりは、役者の演技力や空気感での描写時間を増やし、寓話的な群像劇展開を、(物語過ぎないよう)抑えこんでいっている。予算的な問題も新脚本でクリアできそう。ラストは、新脚本の方が、映画の神様が降りてきていると思う。というか無理くり降ろしている。主役のレイチェルさんが決定して、いろいろと私の中で風が吹きまくっていたが、どうやらキチンと渦を巻き始めたようだ。(ハーリハーリハリケーーン)

日曜日に、レイチェルさんのダンスショーを観に行った。ストロングストイックストロベリーショーvol2というイベント枠のひとつで、「SMALLENNIUM 百万年の孤独」30分のダンスショーだった。構成がすごく良かった。ポラロイドカメラで客席のお客さんを撮影して(ドラァグショーみたいだが)、警戒している観客を下品に引き込んで、服を脱ぎ出す重々しい展開、そのまま、鬼気とした葛藤の表現へと流れていく。演劇的な要素もたくさん盛り込み、首藤康之さんのドキュメンタリーで紹介されていた「空白に落ちた男」をなんとなく思い出したが、すぐにレイチェルさんの表現しようとする動作や表情に集中できた。役を演じ表現しようとする時のレイチェルさんは神々しい。ダンスの舞台だと思っていたが、そんな全然ダンス以外の表現全体にいろんな思いを抱いた。

レイチェルさんの中で、もしかしたら、何かが始まったのではないかと感じた。表現者として新しいフィールドを見つけたのでは無いか?実はこっちの方がしっくりしてるとか?

舞台であるのだが、カメラでアップを撮影したい衝動もあった。ここは顔のアップでしょ!ここは手先を撮影したい!うーん、レイチェルさんの顔を撮りたい。神々しいその顔を。なんだか、映画に誘ったのは、タイミング良すぎたのではないかと思う。カメラで撮ることで、表現者から表出するものを記録できると思う。

さて、脚本を早く完成させて、レイチェルさんに挿入しなくちゃ。

 
2件のコメント

投稿者: : 2012年10月17日 投稿先 雑談

 

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役者の演技、その演出について

よく「役者の演技を何故そぎ落とすのか?」が話題になることがある。監督が、役者と対峙するときに出て来る言葉である。

私なりに考えると、それは、その演技の解釈が少なすぎるからだ。監督たちは、逆を言ったり、疲れさせたり、即興をしたり、いろんな方法で、役者の演技をそぎ落とす。笑いに悲しみを、悲しみに怒りを、人間の感情は、多くの解釈があるはずなのだ。しかし、映像演技に慣れていない役者は、笑うシーンでは確実に笑うし、泣くシーンでは確実に泣こうとする。クローズアップされる役者の顔。その寸分の動きさえも、観客は凝視し、解釈しようとする。それに耐えうる演技とはどんなものなのか?

良い役者は、すでにその事を理解している。多くの感情を知っている。哲学を学び、心理学を探求し、レイヤー構造の感情を考える。一元的ではない感情について思索し、現場で捨てる。(これは監督にも言えること。予め想定した演出を捨てる技量が必要。)

映画のメイキングを見ると面白い役者の話が聞ける。「ドラゴンタゥーの女」では10パターンの演技を用意して現場に入るのは、用意してない11個目の演技を引き出したいからだと役者自身が語る。(素晴らしい考え方だと思う。)

「青の愛」のメイキングでは、監督の演出を、役者自身が拡大させている。最後の瞬間に泣きながら微笑むかどうかの話は必見だ。監督は微笑させたくなく、ビノシュは微笑んだ。結局、編集では微笑む方を採用したくだり。(ビノシュは心理学的な感情の反動を体現させる方法論を持っているということ。)

そういう役者との対決を私はしたい。映画は監督一人のものではない。役者や美術、衣装、音楽、すべての人々の想いが、多元的に絡み合い、でも最後はひとつのラストにたどり着くのだ。まるで、最初から、そうなる運命かのように。

現在、脚本を書き直している。主要な登場人物を丸ごと殺す。人生を奪うのである。最初から居なかったかのように、周りの登場人物も振舞う。なんと恐ろしい。死そのものである。脚本を書いている時に、まるで神様のように人間を操作する。しかし、ふと気づく。もしかしたら、私こそが、彼らに観察され操られているのではないかと錯覚さえする。彼らを盗聴し、船を転覆させるキェシロフスキ監督のように。

私の現場はどんな現場になるのだろうか?役者と映画の解釈について語り、お互いの生き方をさらけ出したい。

 
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投稿者: : 2012年10月10日 投稿先 役者

 

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「夜と夢」

シューベルト「夜と夢」の概要(wikiより)
過ぎ去った美しい夜と夢に対する限りない憧憬を歌った、シューベルトのあらゆる歌曲の中で最も美しい曲の一つ。ロ長調で始まりきわめてゆっくりとしたピアノの刻みの上に、歌声部が極めて美しい旋律を歌う。この刻みを美しく響かせるのは至難の技で、20世紀を代表する歌曲ピアニスト、ジェラルド・ムーアは最も難しい曲のひとつ、と述べている。また、歌い手にとっては、限りなく続くレガートを保つための、高度なブレス・コントロールを要求される難曲である。中間部でト長調(ロ長調の六度の準固有和音調)への急激な転調があり、大きく感情が動くが、最初の静けさが戻って、美しく全曲を閉じる。

で、そんな静かな曲を、台風接近中の中野坂上で収録しました。スタジオじゃなく我が家での宅録です。もう雨は降り出していたんだけど、どんどん強くなる風が録音のジャマになるので、ドキドキでしたが、最初から完成度が高くて、収録はすぐ終わりました。

問題はピアノで、収録はMIDIキーボードでおこなっているのですが、その鍵盤のタッチが微妙で、繊細な響きを出すのに、すごく苦労させてしまいました。スミマセンです。

すごく好きです。美しい。なので、また無理を言って、映像の方も撮らせてもらいました。

撮影は、いつもの GH2です。ハックファームは、Valkyrie 444 TYPE-ZERO1を使いました。(最新のファームVer.も出ているので試さなきゃ!)AEでカラコレしています。照明当てているので、カラコレしやすかったです。

さて残す曲は、あと2曲!11月と1月収録になりそうです。最後の曲は6分超えの難曲です。

で、映画のタイトルを変更しようかと。新しいタイトル案は「美の教室」です。サブキャラをどんどん削っています。クラブシーンなども削除して、もっと主人公ミチルの内面的な世界を中心にしようかなと思っています。一度、完成稿としたのに、かなり大幅に変えるつもりです。というか、全部、書き直しです。関係者の皆様、少しお待ちください。

 
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投稿者: : 2012年10月1日 投稿先 音楽

 

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