RSS

タグ別アーカイブ: アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ

カメラワーク考察

アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督作品を初めて観たのは、「21g」だった。自作「SPICA」で求める演技について、主演の鈴木薫を劇場に連れていった。ナオミ・ワッツの演技を見せる為だったが、自分は、イニャリトゥ監督の思想性に強く惹かれた。「バベル」も好きだが、やはり一番は「BIUTIFUL」だと思う。国内では、ブルーレイ化されてないのが、すごく不満だけど。

手持ち撮影の印象が強いので、演出はしてなくて、その場での役者の行動を記録してる感じなのかなと思っていたら、かなり細かく演出しているみたいで、役者にかかる負担はすごく大きそうだった。何度も繰り返し、演出し、演技し、カメラワークを修正するんだろう。編集段階で、すべての映像素材をさらに吟味しつなげていく。

自分は、「眠る右手を」ではカメラを尊重した。役者をミリ単位で固定し、動きを制限した。草野康太からは不満が漏れた。自分自身が役者や人間を信じていなかったからで、話も寓話的すぎた。役者に自由に演技させるのは、「SPICA」の時のエチュードを目撃した時からだ。現場で起きる奇跡的な瞬間を見てしまうと、それをなんとか記録したいと思う。しかし、奇跡はなんども起きなかったと思う。ただ、役者を信じる心を持てるようになった。自分の中に、愛を見つけた。冷たい心しかなかった自分だったのに、映画を作ることで、ようやく人間になれたと思う。

今回の「教室」は、リアリティと寓話性の融合した話で、カメラワークは、どちらの意味も持たなければならない。手持ちカメラの醸しだすリアルな空気感だけではダメなのだ。時として、オペラシーンも介入するし、神話性を持つシーンもある。非常に難しい演出の舵取りをしなければならない。

そんな時に、やはり「BIUTIFUL」演出は参考になる。死者の魂を見るシーンや、思想の神話性はとても魅力的だ。ただ、「教室」は更に寓話性を強く打ち出す、どちらかというと舞台的なシーンもある。やっぱり難しいなと思う。映画なのに、たまに舞台だなんて、ミュージカル的で興ざめさせかねない。しかし、映画でなければならない。映像でしか表現できない、映画でしか表現できない、白川幸司でしか表現できない領域があるはずである。

絵コンテを描かねば。ロケハンして、更に絵コンテを詰めていく。まあ、既に脚本を書いてる時点で、かなりの映像化は終えているが、もっと熟考しなければ。

熟考といえば、もう手直しは要らないかなと思っていた「教室」脚本も少し修正して、また良くなった。なんだか、最初から「そうなる」んでしょ?みたいな感じで変更する。自分ではなく、映画の神様に筆を動かされている感覚。毎日、真摯に脚本に打ち込んでいると味わうことの出来る不思議な感覚がきているのだ。この高揚感が欲しかった。苦しんで書いている先にあるこの絶頂感。やっぱモノ作り中毒だね。

 
コメントする

投稿者: : 2012年5月9日 投稿先 進行

 

タグ: , , , , , ,

ルックの重要性

現在、撮影機材をテスト中だ。XF100やら5Dmk2やらiPhoneやらでテストしている。

youtubeとかvimeoのテスト映像を見ても、実際に運用となると、違ってくることの方が多い。自分で実際にテストを重ねる必要がある。まあ、最近の自主映画見ると、誰もがすぐに5Dmk2やらGH2に走っているが、本当に自分の作品のルックを考え抜いているか疑問だ。被写界深度や、シャープ具合、もしくは、16ビット色深度での後加工具合も考えて、決定しなければならない。それに、ルックを選ぶということは、機材を選ぶということ、つまりは、現場でのスタッフ規模も決定するということである。音もそうだ。コンデンサーマイクでいいのかどうか?ワイヤレス?全部を左右するのが、その大元になるのが、ルックの決定だ。

ルックを決めるときに「かっこよさ」「フィルムっぽさ」などの見た目で決めても問題がある。一番重要なのは、映画のテーマだ。そのテーマを描くのにふさわしいルックを追求する必要がある。

一時、デジ一眼ムービーにも挑戦したくてウズウズしていた。REDROCKも買いあさったし、フィールドモニターもいくつか購入した。レンズも35mm 50mm 85mm購入して、いろんなテストを重ねた。が、最近になって、映画の絵の完成度を高めすぎる危険も感じてきた。被写界深度で、詩的な世界を構築できるし、テーマにも合っているかと思ったが、それでは、観客に迎合しすぎている視点ではないか。もっと、登場人物たちを突き放す「神様視点」でもいいのではないか。イ・チャンドン作品は、どのシーンも素っ気ない。まるでなんにもいじっていない安物ビデオカメラのようだ。アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督は、もう少し、絵を作りこんでいるが、撮影スタイルはドキュメンタリー的である。(イニャリトゥ監督は、同じシーンを40回くらい撮るそうだ。)「ひかりのまち」のマイケル・ウィンターボトム監督は、同じくドキュメンタリー的撮影スタイルだが、絵の作り込みには無頓着で、16ミリフィルムの味をルックにしているだけの気がする。

そんな事を考えながら、現在は、XF100での撮影時のプロファイル作りと、AEでの色加工の調節を、試行錯誤している。被写界深度の味を捨て、広角世界になりすぎるけど、そのビデオっぽいリアルさに、自分なりの味を加工できないかと考えている。

スタッフ編成の前に、スタッフ規模を決めたいので、もうひと踏ん張りってところにある。

(ただのガジェット好きって感じもするんだけどね。。。。汗)

 
コメントする

投稿者: : 2012年2月13日 投稿先 進行

 

タグ: , , , ,