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タグ別アーカイブ: SPICA

謹賀新年

gamen

「ようこそ、美の教室へ」の準備を本格化させます。

その前に、私の作品歴を見ながら、なぜ、この作品に至ったのかを漠然と考えていました。「ようこそ、美の教室へ」の核は何かについて、想いをめぐらしたのです。

『SPICA』までの作品は、すべて根本に、私の死への恐怖を抱えていたと思います。しかし『SPICA』を作る事と、同時期に現在の相方とめぐり合う事で、恐怖心を達観し、脚本を書けなくなってしまいました。立ち上げた会社も落ち着いたので、2011年から、また脚本を書こうとモガくのですが、どれも自分の中で、未消化のまま、題材は積み上げられていきました。

2012年、母親と自分自身が病に倒れ、美しかった母親が、心身ともに崩れていく様を体験し、自分自身も顔面麻痺で痛々しい存在となったのをキッカケにして、人間の儚さを実感し、また「何故、自分は作品を作るのか?」という根本に立ち戻る事となります。

性欲と芸術欲から得られる恍惚感を比較吟味したり、美しさの中に潜む死そのものとも立ち向かい、脚本を書き上げることが出来ました。

美しさも死も全て「繰り返し」の概念には敵わぬという事実、「繰り返し」こそ全ての中毒の正体であるという事実を、どう映像にすべきかと、練り上げていったものが、この「ようこそ、美の教室へ」であります。この様な意味の思索、神話的普遍性は、これまで日本映画が不得意としている題材であると思います。

それを提示したいと思うのです。それは、私や母の死が、作品に帰結するという私自身の願いであり、救いとなるものであるからです。

皆様、今年は、私にとって、一番重要な年になります。45歳になって、ようやく成し遂げようとする映画です。映画を作る者は、人生を掛ける作品が、その生涯に一本有るか無いかです。その現場に、どうぞ立ちあって、力を貸してください。

 
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投稿者: : 2013年1月5日 投稿先 進行, 脚本, 雑談

 

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「教室」まもなく第三稿プロット完成。

手元に在った花が枯れ始めたので、映画の小道具に購入したばかりの蝶の標本と写真を撮ってみました。かなり、ヤリ過ぎなヲカマ美意識な写真ですが、今回の映画のテーマに沿う写真です。

少し、「教室」の内容にも触れますが、蝶の標本や花は、「美しいもの」が好きな主人公ミチルが、子供の頃から集めているものです。「美しいもの」に厳格なミチルは、少しでも枯れた花は、摘みとってしまいます。「花は、無様であってはならない。」

そんなミチルも病や老いに蝕まれ、業病の烙印を刻まれてしまいます…

私でしか描けない作品を、今、作ろうとしているのです。が、映画は、一人では出来ません。チームプレイです。多くの異種の才能が集まり、個人の力量を越えるべきです。それは、私の為ではなく、作品の為です。私たちは、確実に死にますが、そんなはかない私達でも、力を合わせて、決して衰えることのないモノが作れるのだと思います。

 

(近況報告)東京音大の子達とオペラの練習をしています。今は Carmina Burana – In Trutina を練習しています。毎日、シナリオ書いていますが、常に聴いているのは、ラフマニノフ ヴォカリーズ(Rachmaninoff, Vocalise)です。この曲は、今回の映画の基本テーマ曲です。常に繰り返し挿入されるでしょう。とてもロマンティックな曲ですが、破滅的な物語に、彩りを与えてくれます。母の調子が良くないです。手術をし、入院しています。精神のバランスを崩し、そのエッセンスも、この映画に盛り込み始めています。この映画は、どこをとっても私自身です。これまでの自作「意識さえずり」「ヒダリ調教」「獣の処刑」「ファスナーと乳房」「眠る右手を」「マチコのかたち」「SPICA」全ての要素も入っています。自分の奥底と対話して脚本を書くと、結局は、同じモノを描きます。傷だらけの手が出てきたり、母親の病、命の消える瞬間の誰にも知られることのない想い、心を閉ざす人、挑発、絶望などです。早く第三稿を描き上げて、才能のある方に協力を要請していかないとと思っています。

 
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投稿者: : 2012年3月27日 投稿先 進行

 

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「SPICA」本編

前作「SPICA」を公開しますので、ご覧くださいませ。30分の短編です。


「SPICA」30分 HDV

オーバーハウゼン国際短編映画祭インターナショナルコンペ部門ノミネート
http://openart.de-blog.jp/openart/2006/05/post_e15f.html

作品サイトは http://film.m78.com/spica/

概要:9歳までしか生きられないと宣告されたわが子を助けたい父と母。その誕生日を迎え、それぞれの戦いの長い一日を描く。セリフをどんどん削除して、詩のような構成をする。何層ものレイヤー構造の要素が、ラストの瞬間に「ひとつの光」SPICAになるのを体感していただければ。

監督 白川幸司
撮影 井川広太郎(「東京失格」監督)
音楽 小松清人(WaTプロデューサー、柴咲コウ「かたちあるもの」)
出演 鈴木薫、福島拓哉、宮谷恵多、エミ・エレオノーラ

2006.05  第59回カンヌ国際映画祭ショートフィルムコーナー/openArtセレクション出展(フランス)
2006.05 第52回オーバーハウゼン国際短編映画祭インターナショナル・コンペティション部門選出(ドイツ)
2006.05 イメージフォーラムフェスティバル2006正式招待

(雑談)クランクイン1週間前に、ソニーのFX-1発売。ハイビジョンが撮れる!っていう喜び。でも1台しか買えなくて、撮影もじっくりとになりました。かなり多くの方々に手伝って頂きました。映画冒頭の公園襲撃シーンもあっけなく編集しちゃったので、「なんじゃ、私が映ってないじゃないのよ」と怒る方も多いかも。なんていうか、映画ってこう撮らなきゃいけないって思い込んでたんだけど、いろいろあって、自分の考え方も変えました。役者に対する愛し方も分かった気がします。また「自分の映画なんだから、もっとわがままに好きな作品にする!!」って本当に思いました。(十分に昔からわがままだと言われそうですが。)

メイキングはhttp://film.m78.com/mt/archives/cat_070oeaaaoue.html
(こんなふうに作っていくんだなって分かると思います。撮影終了後、QT7とimovieが初リリース。ようやく編集できて、その後、FCPへ引継ぎとか、もう何もかもがそれまで存在しなかった時期。機材も編集環境も無い時期によく頑張ったと思います。最近は、どんどん機材は充実しています。映画を目指す方には、本当ならば、いい時代です。)

主演のコウ役の宮谷恵多くんは「ファインディングニモ」のニモ役です。よーく声を聴くと分かるかと。

 
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投稿者: : 2012年2月15日 投稿先 雑談

 

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何故、6年もシナリオを書けなかったか?

SPICAは2005年に撮影して2006年完成した30分の短編である。短篇集「LOST FLOWERS」が予算がないので、とりあえずその中から1篇選んで映画化した。それから6年間、映画から離れていた。

「SPICA」は、人間への愛を謳いつつも、真逆に見下してもいる。自分の心臓病の子どもを助ける為に、同じ心臓病の子供たちを殺していく母親の話だ。ドナー移植の順番を繰り上げるという確実な方法を母は選んでしまった。もともとは、犬猫をかわいいといいながら、毎日処分されている犬猫のことを見ないようにして、ご飯を食べている私たちの奇妙な性質(自分の範囲の中でしか愛さない)をテーマに出来ないかと思ったからだ。

子供を愛する行動なのに、観客は、その行動を嫌悪するだろう。自分の子どもではないのだから。

上映すると、海外では、「サイコな母親」とだけしか見ない白人さんが多かった気がする。インド系やアジア系は、少しは叙情的な何かを感じてくれたみたいだった。

当時、自分は非常にとんがっていた。作家性を追求し、死への恐れも大きかった。全てに批判的で孤独だった。次から次へと創作のエネルギーが湧き上がり、自分の人生は作品を残すのには短すぎるとさえ思っていた。

が、しかしである。あろうことか、現在は、すごく愛にあふれた生活を送っている。会社を立ち上げ、金銭的にも余裕ができた。外から見たら、映画を捨てて快楽に逃亡したと思われるかもしれない。しかし、創作への意欲は失われてはいなかった。ただ、批判精神から出発していたのを、どう切り替えていいのか分からなかった。

そうこうしているうちに、映画祭では同じスタートラインに居た友人のアピチャッポン(ジョー)が、カンヌでパルムドール受賞して、世界的な文化人になっていった。彼は、批判精神でも愛でもなく、アート志向が映画のスタートラインだった。自由なトリック的発想で創作が出来る。彼との比較を通して、では自分には何があるのかをここ数年考えていた。自分が作るべき映画はなにか。で、ようやく結論が出て、シナリオを書き上げたのである。

出来上がったシナリオは、ゲイを直球で扱ったものだが、内容は、これまでの私のテーマそのものだ。芸術論と性と生をメインにしていて、結局は全ての過去作品に一貫して流れている私の血だったと思う。

 
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投稿者: : 2012年2月10日 投稿先 雑談

 

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